私のアポロ (いま取り組んでいる仕事)

2006年10月現在 筑波大学農林工学系 西田顕郎

2008年03月21日 改訂

1969年に人類をはじめて月に送り込んだアポロ計画は、アメリカの総力を結集した巨大な挑戦であった。このときにアポロ計画に参画した人を、私は誰も知らないが、各個人の人生においても、アポロ計画は巨大な仕事だったに違いないと思う。

「自分はこの仕事のために生きるのだ」と思えるような仕事は、誰にでもあるはずだ。人は皆、それぞれのアポロを持つのだ。私にとってのアポロは以下の仕事である。


衛星生態学

人工衛星による生態系(植生)の観測を、包括的な長期連続地上観測のデータとモデルで、執拗に検証し、実証する。衛星で生態系を見るためには、そのために生態系の理解を同時に進めねばならない。その覚悟を持って生態系の衛星リモセンに臨むのが、(私にとっての)衛星生態学である。それが成就する暁には、衛星リモセンによって、世界中の生態系の状態をリアルタイムで診断することができればいいな...と思う。主要なアプローチは以下のとおり:


学部生への初等数学・物理学教育

実はこれが一番大切かもしれない。一般に、大学の学部低学年での数学・物理学教育は、世の中で最もうまくいっていない事業のひとつであろうと思う。日本が世界に誇る、高校までのきちんとした積み上げ教育を、どうやったらここまで組織的にスポイルできるのか、と思うくらいにダメである。学生さんがきちんと理解し、しかも彼らの将来的な学習や仕事の場で役に立つような、きちんとした教育課程を設計して実践したい。

オープンデータ

環境科学では、気候や生態環境に関する長期の観測データや、多くの種を対象にした包括的な生物計測などのデータが極めて重要である。が、そのようなデータが、いま、ピンチである。多くの大学の付設機関で、長期観測事業やそのデータが、「団塊の世代の大量退職」によって断絶・散逸しようとしている。この状況に対応するには、「データをとって、公開する」という行為に、きちんとした科学的・社会的な裏付けを与える必要がある。基本的にはデータは誰がとっても、誰が使ってもよいというオープンポリシーを骨格として、科学的な検証に耐えるだけの記述規範(プロトコル)と、社会的な評価の基礎となる業績評価制度、もしくは著作権規定をなんとかしなくてはならない。

オープンソース

オープンソースは、ソースコードを全て公開する無料ソフトウェアのことであり、世界中の多くのボランティアが開発している。開発活動に参画しようとは思わないが、オープンソースの普及のために、ノウハウの蓄積と公開を積極的にやっていきたいと思う。

なぜオープンソースなのか?知的活動、特に公的な大学のような研究教育機関のそれは、自由で独立的であるために、その基盤は透明性の高い公共財産の上に構築されるべきだからである。いくら世間の多くの人々が使っていても、データフォーマットや処理仕様に透明性の無いソフトウェアを、我々のような立場で使い、教育することは、適当ではないと思う。

マイクロソフト社のブラウザやMS-Officeなど、独占的・排他的な仕様のソフトウェア(プロプライエタリなソフトウェア)が、既成事実として標準化している。各人がそのようなソフトウェアを、自分の判断で使うこと自体は全く問題ないと思う。自由経済とはそういうものである。しかし、そのようなソフトウェアを、公的な研究や教育活動において、民主的な手続きも経ずに、標準として採用し、関係者(我々の子孫などの将来の関係者も含む)に判断と選択の余地を与えないことは、危険なことだと思う。

例えば、多くのe-learningのコンテンツが、マイクロソフト社のPowerPointやInternetExplorerのようなソフトで作成・閲覧することを前提に設計されており、そのことがどんどん既成事実化している。これによって、同社の製品を買えない人から教育の機会を取り上げているだけでなく、社会の知的資産を、非公開なシステムに集約することによって、全ての人が公平・自由な立場で、将来にわたって、社会の知的活動に参加することを必ずしも保証できなくなりつつある。

基本的に、ITが教育の質や知的活動の生産性の向上に大きく寄与する可能性を持つことは疑いようもない。しかし現状は、市場原理の行き過ぎに対処できていない。教育を含む、社会の知的資産の継承と発展にかかわる活動は、公平で民主的でオープンな仕様とシステムに立脚すべきである。ITの世界でも、そのような活動は「オープンソース活動」としてしっかりと動いている。教育界は、そのことに目をつぶってはならない。大学や学問の自治や独立性を叫ぶ人までが、どうしてこの問題に無関心なのか、理解に苦しむ。

具体的な方針として、

1. プロプライエタリなフォーマットが強要される場では、発表しない。

2. プロプライエタリなフォーマットが強要される学会誌や研究助成には、関与しない。

3. プロプライエタリな環境でないと動作しないe-learningには、作成者としても受講者としても、関与しない。

4. プロプライエタリな環境に関する質問やサポート要求には答えない。

5. プロプライエタリな環境が強要される教育には、自分の子供たちを関与させない。

6. 研究教育活動には、最大限、オープンソースソフトを使う。OSはLinux, オフィスソフトはOpenOffice.org、グラフ作成はgnuplot、地図作成はGMT、GISはGRASS、技術文書作成はTeXを使う。