なぜ物理学を勉強するのか?

2009/10/30 奈佐原(西田)顕郎

なぜ物理学を勉強しないのか

 世の中は「理科離れ」だそうですが、特に物理は不人気のようで、私のいる筑波大学生物資源学類も、高校で物理学を履修した学生は1/3ほどしかいません。うちは生物系がメインなので、生物学や化学にくらべれば物理学が人気がないの当然かもしれません。また、昨今の生物学の華やかな発展にくらべれば、物理学の発展は、ある程度、落ち着いてしまった感があるから、研究対象としての魅力に欠けるという面もあるかもしれません。何よりも、数学がたくさん出てきて難しいし、その割に、日常生活や研究活動に、それほど役に立ちそうな気がしない、というのが学生さんの本音でしょう。

 でも、私は声を大にして、心から言いたい。少なくとも、縁あって私の講義をとってくれたり、研究室に来てくれた学生さんには、物理学を勉強して欲しいのです。

科学のお手本としての物理学

 物理学を学ぶべき理由はたくさんあります。まず、物理学は他のすべての科学の「お手本」であるという考え方があることです。実際、多くの科学は、その考え方や方法論において、多少なりとも物理学の影響を受けています。それは, 近・現代の科学の考え方の多くが、物理学で作られたからなのです。

 その顕著なものは、還元主義です。すなわち、ごく少数の法則が、多くの事象を、矛盾なく説明することができるし、そのような法則が世の中にあるはずだ、という考え方です。そして、そのような法則が見出されると、執拗にその正しさを、あらゆる実験事実に照らして検証します。そして、その法則に合わない「例外」を見つけた場合、その例外を許容するのではなく、その例外をきちんと説明することができて、なおかつもとの法則とも矛盾しないような、より包括的な法則を探そうと、執拗に努力を続けます。それが物理学の歴史です。

 物理学の還元主義の特徴として、法則は数学的に矛盾なく表現できる、という考え方があります。これはガリレオに始まり、ケプラーやニュートンによって発展・強化され、量子力学や相対性理論によって決定的になった考え方です。人間の想像力が及ばない法則であっても、数学の整合性は崩れないだろう、と、数学の力を信じるのです。

 この還元主義は、実験的にコントロールがしやすい自然現象について、特に行いやすいです。しかし、生態学や気象学、地理学などのように、野外の現象に近づくと、雑多な要素が混入するために、還元主義の力は弱くなります。そこで、自然現象を還元主義に照らして理解することを続けるのか、それとも放棄するのか、それぞれの科学者が決めることになります。物理学的なアプローチを知っている科学者は、還元主義の力と限界をイメージし、自分なりの判断でその線を引きます。しかし、物理学を知らない科学者は、単に「自然は複雑だから」という言い訳をして、最初から還元主義を放棄するか、あるいは他の科学者の判断を真似します。

 物理学の還元主義のもうひとつの特徴は、「オッカムの剃刀」という考え方です。ものごとを説明する基本法則として、2つの候補があったとき、それらが同程度に有効であるなら、より単純なほうが正しい、という考え方です。これは必ずしも常に正しい考え方とは限りませんが、物理学(と多くの科学)は「無矛盾さ」の次に「シンプルさ」を求める傾向にある、ということは理解すべきです。

 ニュートン力学の成功によって、物理学の還元主義的な考え方がいかに強力であるかを、人類は目撃してしまいました。その結果、「物理学こそが真の科学であり、科学のお手本であり、他の科学は物理学から成果を受けとり、なるべく物理学と同じ手続きで研究を進めるのが得策だろう」、と多くの(特に物理学に近い)科学者が考えるようになったのです。もっとも、皆さんがその考え方を採用するかしないかは、皆さんが判断すべきことです。それは違うと思う、というのならばそれでも構いません。ただし、このような一種の「物理至上主義」的な考え方は世の中にあるし、それに関する理論武装は必要でしょう。それには物理学を学ぶ必要があります。私のこんな小文を読んで物理学の方法論がわかったような気になるのが、いちばんダメです。

 少なくとも大学生が学ぶ物理学は、既にほとんど完成された緻密な体系です。それを学ぶには、良い教科書を選んで、自分の頭で丁寧に批判的に考えながら、こつこつと地道に積み上げて勉強しなければなりません。でも逆に言えば、そういう努力をすれば、誰でも理解できるのです。そういう点で、物理学は公平な学問です。その公平さを体験的に理解することも重要です。そうすれば、他の学問も、どのように学べば良いか、わかるでしょう。

世界観としての物理学

 先に述べたように、物理学は、人間の想像力が及ばない法則も、数学の力で掘り出して行きます。数学は論理的な整合性がとれていれば、その語る対象の実体や意味を問わない、という点で、他の多くの学問とは異なります。それが物理学に大きな力を与えるのです。その結果、物理法則は、ときに非常に抽象的で難解になります。しかし、その威力はまことに凄まじい。どういうことになっているのか想像もつかないけど、確かに数学を使って方程式を解いてみれば、現実の現象に定量的にぴったり合うのです。そこで、物理学の「定量的な還元主義」は、人間に、自然現象を人間の直感のレベルだけで理解しようとしてはならないことを教えてくれます。その想像力のレベルというのは、単に方程式が複雑になって変数がたくさんになって難しい、というだけではありません。むしろ、方程式としてはシンプルなのに、それを記述したり理解するのに、高度に抽象的な数学的発想が必要になる、ということです。自然の現実はあまりにも現実離れしていて、あまりにも数学的なのです。

 ただ、抽象的な数学も、ある程度理解できれば、それなりに「イメージ」することも、人によってはできるようになります。とても不思議なイメージになるのですが、とにかく若干はイメージできます。それが現実の自然の実体を多少なりとも反映したものだと思うと、とても不思議な気持ちになります。それは、人の世界観に決定的な影響を与えます。大昔の人は、地球は平らであるとか、大きな亀だか象だかの上にのっかっているとイメージしましたが、現代ではそういうイメージを持つ人はほとんどいないでしょう。でも、我々の素朴な世界観が、大昔のそういう人たちのイメージからどれだけ進歩したかを考えるとき、物理学を記述する数学と比べてみれば、少なくとも「イメージ」のレベルではたいして進歩していない。例えば電子が原子のまわりをぐるぐると円軌道を回っているとイメージする人は多いでしょうが、それは物理学的には間違っています。自然はそういう「イメージの限界」を超えてしまうのだ、ということは、物理学を学ばないと、なかなか理解できないのではないでしょうか。

 ところで、世の中には、オカルト的な科学がたくさんあります。物理学は、そのようなものに対して耐性を与えてくれます。マイナスイオンを出す装置と聞いて、「電荷の保存則はどうなっているのだろう?」と懐疑的に思うのが物理学です。テレポーテーションやテレパシーという超能力に対して「それでは相対論が破綻するではないか」と懐疑的に思うのが物理学です(電荷の保存則も相対論も、それを否定する実験結果は見つかっていません)。2003年頃, あるカルト宗教が「スカラー電磁波」なるものから身をまもるために, あらゆるものに白い布を巻き付けるという行動に出たことがテレビで報道されましたが, 仮に「スカラー波」なるものが存在するとしても、それが白い布(白は電磁波、つまりベクトルの波の特性)と何が関係あるのだろうか、と懐疑的に思うのが物理学です。

数学の教材としての物理学

 物理学は数学を頼りにします。逆に言えば、物理学は数学の良い顧客です。ビジネスとは顧客にサービスして利益を得ることですから、数学は、長年、物理学にサービスしながら発展してきました。抽象的な数学も、その多くは物理学的な応用例を持っています。抽象的な学問を学ぶときのよい方法は具体例を考えることですから、数学を学ぶときに、物理学をいっしょに学ぶのはまことに効率がよろしい。信じられないくらいによろしい。仮に自分は物理学には興味はないが数学には興味がある、という人も、だまされたと思って物理学を学んでください。例えば行列について数学で学ぶとき、多くの学生が「こんなものは何の役に立つのだろう」と言いますが、物理学を学んでみれば、行列の有用さを痛感するでしょう(ちなみに行列は物理学以外の学問でも有用です。特に統計学)。

 私は何人かの数学者の知り合いがいますが、彼らのほとんどが、「数学の学生の中に物理学を勉強しない者がいるけど困ったものだ」と言います。

計測・制御の基礎としての物理学

 石だろうが紙だろうが生き物だろうが食べ物だろうが、物を相手にする仕事には、測ったり作ったりということが不可欠になります。

 測るということは、対象の特徴を、数値的な量に置き換えて表現することです。その過程には、物理学が不可欠です。溶液中の化学物質の濃度を測るには、特定の波長の光がその溶液をどれだけ透過するかを調べます。その原理は物理学です。

 原理を知らないでも、マニュアルを読めば、とりあえず機械を使うことはできます。でも、マニュアルを読みこなすには、原理がわかっていないと大変です。それに、マニュアルは人が書いたものですから、必ず正しいとは限りませんよ。あるいは「こんなことはマニュアルに書くまでもないだろう」ということもあるでしょう。

 実験したりものを作ったりするには、計測だけでなく「制御」も重要になります。例えば生き物を育てるときに、温度や光、湿度などの環境を一定に保つことは、しばしば必要になります。その原理も、物理学です。物理学をきちんとわかっていれば、手近な材料や機械を組み合わせて、適切な制御系を組むことはできるでしょうが、物理学がわかっていなければ、高価な恒温槽などを買わねばなりません。

 このように、計測も制御も、多少なりとも機械が必要になります。機械はあなたの気持ちには無関係に、あくまでも物理学の法則に従って働きます。あなたが機械を手足のように自在に使いたいならば、機械の気持ち、つまりは物理学を理解しなければならないのです。そのためには、物理学実験を学ぶ必要があります。特に、多くの機械は電気で動きますから、電気関係の知識は、非常に重要です。

危機管理としての物理学

 社会にも人生にも危機(ピンチ)はあります。生命を脅かすピンチの多くは物理的な現象です。交通事故は、ニュートン力学(とその応用である材料力学)です。飛行機の墜落や船の沈没もニュートン力学(とその応用である流体力学)です。津波や台風、地震、落雷、火山などの自然現象も、多くは物理学(地球物理学)で扱われます。家庭内の事故といえば子供のいたずらですが、落下や感電、窒息などは物理現象です。これらを事前に予防したり、対策したりするには、やはり物理学の考え方が重要です。

 家庭内で使われる電気製品は、事故が起きないように、メーカーが慎重に設計・検証して作られるので、普通はめったなことでは事故は起きません。しかし、それでも老朽化すると故障するし、事故が起こります。それを防ぐのは、個人の判断であり、管理です。それには機械の動作原理の理解、つまり物理学が必要です。

 家電製品以外の機械、つまり研究目的・業務目的の機械は、「プロ仕様」ですから、家電製品のように徹底した安全検証がなされているとは限りません。家電製品のような大企業ではなく、専門的な中小企業が作ることも多いので、そのような「素人向けの安全対策」までは手がまわらないのです。なので、そのような機械を扱うときには、慎重さと判断力、熟練が必要で、それが、多くの資格が必要な理由です。そういう資格試験の問題の多くは物理学です。